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「ゴヤの《青い服の子供》 ルーヴル美術館のスペイン絵画コレクションに入るまで」(LOUVRE-DNP MUSEUM LAB 2012年10月28日まで)を小林ご夫妻と見てきた。
(掲載の画像はLDML案内リーフの部分をコピー、以下も同じ。)

《青い服の子供(Portrait de Luis Marie de Cistue à l'âge de deux ans)》(参照画像RMN) は、作品画面の下段2行に記載されているように「2歳8ヶ月のルイス=マリア・デ・シストゥエ・イ・マルティネス(1788‐1842年)の肖像」。
シストゥエ家は、ゴヤの出身地と同じアラゴン地方サラゴサ。その名家の息子の2歳8ヶ月の時の肖像画を1791年に描いている。
解説によれば、「モデルのルイス=マリア・デ・シストゥエは、第3代メングラーナ男爵であり、スペイン国王カルロス4世と王妃マリア・ルイサを名付け親に持ち、のちにスペイン独立戦争の英雄として知られるようになります」ということ。
この肖像画は、目、手、立ち姿、それと衣装など、かわいく美しい子供の姿を描いている。
この作品の前の所蔵者は、オートクチュールYSLのイヴ・サンローラン。
サンローランの死後、パートナーのピエール・ベルジェによりルーヴル美術館へ寄贈された。
クリスティーズのオークション前に撮影された映像(Luxuryculture)がある。
映像の2分過ぎにこの作品が部屋に架けられているのが映っている。

(映像に映っているマチス、ブランクーシ、モンドリアン、アンソールなどの作品はどこへ所蔵となったなのだろうか?)

ゴヤの正式名は、フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス(Francisco José de Goya y Lucientes 1746‐1828年)。
ゴヤは、1789年に新王カルロス4世の宮廷画家になっていた。
ゴヤについては、4月28日に「レクチャー・ルーヴル(ルーヴル美術館によるシリーズ講演会)」で、ルーヴル美術館の絵画部門学芸員ギヨーム・キンツ(Guillaume Kinentz)による「歴史の潮流の中のゴヤ(Goya face à l'histoire)」という講演を聞いた。

当時の絵画ヒエラルキーは、「静物画」、その上は「一人の人物画」、「複数の人物画」(一人より複数、そして、注文による肖像画より、歴史に影響がある人物画の方が上となる)、その上が「政治的寓意画、歴史画」であるという。
「ゴヤは歴史を描くことで頂点であった」。
さらに、ゴヤは、カルロス4世→ナポレオンのスペイン侵攻と独立戦争→フェルナンド7世の絶対主義体制へと続く、戦いと暴力と戦争の惨禍を見てそれを描いた。
それを「歴史がゴヤ(生活の中)へ入ってきた」と言っていた。
・・
LOUVRE-DNP MUSEUM LAB」は、「美術作品の鑑賞」にフォーカスしている。
まず、作品を見て自分なりの思考をした後で、
現在のコミュニケーション技術を活用したさまざまな展示で、作品の見かた、見えかたを体験することで新しい視点の鑑賞を楽しむように提案している。
今回もさまざまな提案があった。是非具体的に体験をされると良い。一つの作品についていろいろと思考しながら見る楽しさに溢れている。
「ルーヴル美術館所蔵のスペイン絵画:あるコレクションの歴史」という4、5人が同時にタッチアクセスし、コレクションの変遷を知ることができる大型ディスプレーのコーナーがあった。
個人的には、常設展への来館者に対する情報サービスの一環としていいなと感じた。
このシステムは、ルーヴル美術館へ導入されるようだ。
自分の好みの選定で肖像画の組み合わせができる遊びコーナーがある。
複数のプリントアウトをしてしまった。


根津美術館の尾形光琳(1658-1716)「燕子花図屏風」(国宝)は例年この時季に陳列。
今年は、メトロポリタン美術館の「八橋図屏風」をお迎えしてのお披露目「KORIN展」(5月20日まで)。

もう会期が終わるため慌てて行ってきた。
「八橋図屏風」はメトロポリタン美術館でも常時展示をしてあるわけでもないので、未だ見たことがなかった。

「燕子花図屏風」紙本金地着色 6曲1双  サイズ:(各)縦150.9cm 横338.8cm→参照:根津美術館の画像
燕子花の群生を描いた画面は、金箔上に限られた色数で、構成されている。
右隻は燕子花が横に並びながら、手前とやや後方にと奥行きがある植生となっている。
左隻は右上に広がりのある空間を配置、左上から右下へと燕子花のリズムがある。
そして、左隻の手前右方向より、屏風を眺めると...
展示会場でのスケッチのためラフでご免、上のスケッチが左隻を正面からみたところ、下の絵は、左隻の右方向手前から見たスケッチ(数字は6曲に対応して番号付け)、室内の仕切りインテリアとして利用されていた屏風は、座る位置で作品の見え方が変わってくる。
ここに座って見る人の位置からは、燕子花群生の姿が手前になるほど低くなり、趣が変わった作品としても楽しめる。

「八橋図屏風」紙本金地着色 6曲1双  サイズ:(各)縦179.1cm 横 371.5 cm→参照:メトロポリタン美術館の画像
1954年頃に当時の東洋美術部長アラン・ブリーストが購入を判断したと村瀬実恵子さん(メトロポリタン美術館東洋部特別顧問)は語っている。
この作品がメトロポリタン美術館へと移っていたのは、
館長主催の理事会の席で、この作品に対する素晴らしいプレゼンテーションを行なって、購入するための資金を理事から得られた結果だろう。
幾何学的なに配置された八橋が画面の中心に架かる。燕子花の蕪数も「燕子花図屏風」より多くなっている。
計算された画面は精緻な美しさがある。
人物を描かずに、「伊勢物語」第九段「東下り」八ツ橋での業平が、かきつばたの5文字を入れこんで旅の寂しさを
ら衣 つつなれにし ましあれば るばる来ぬる たびをしぞ思ふ」と詠んだ逸話を題材とする。
メトロポリタン美術館のWedsiteに「CONNECTIONS」というメトロポリタン美術館のさまざまの職種の人が、自分のテーマで選んだ複数の作品を自分で解説する静止画番組がある。
この「八橋図屏風」をその一つとして選んだ番組として2つの番組がある。
もし時間があれば、見てほしい。
テーマ:「Perfection」
American paintings curator Barbara Weinberg on the different aspects of perfection.

もう一つは、
テーマ:「Poetry」
Website editor Jennette Mullaney reflects upon the intermingling of poetry and art.

私には、この作品はPerfectであるけど、「燕子花図屏風」にある構図のダイナミズムが無くなっているように思える。
展示はされていないが、酒井抱一の「八つ橋図屏風」は、この尊敬する光琳の絵を手本にしている。
この作品は、出光美術館に所蔵されている。参考→出光美術館の画像

見終わって根津の庭園をちょっと散策。
根津美術館が一番晴れがましい時季。

「ボストン美術館 日本美術の至宝」展(東京国立博物館 6月10日まで)を再度見てきた。

会場へ入ってすぐに展示してある「仏画」は保存も良く品格が凄い作品ぞろい。
羨ましく良い「仏画」をはじめとする日本美術の名品がボストン美術館で所蔵されている。

今回の目的は、「平治物語絵巻」。
ボストン美術館は、「三条殿夜討巻」。
「平治物語」は平治元年(1160年)、信西と藤原信頼の実権をめぐる「平治の乱」をおおよそ100年後に描いた合戦絵巻。
清盛はこの事件後から政治への影響力を増大させた。
現在残っているのが、ボストン美術館の「三条殿夜討巻」、静嘉堂文庫美術館の「信西巻」、そして東京国立博物館の「六波羅行幸巻」の三巻。
今回、改めて三巻を見ることにした。
・・
現在、東京国立博物館の本館2階の「国宝室」には、ボストン美術館展にあわせて、「六波羅行幸巻」(国宝)を展示中(5月27日まで)。
源氏方に幽閉された二条天皇が女房姿に変身し牛車に乗って内裏を脱出、清盛の六波羅邸へ。警護の武士のキャラクターが生き生きと描かれている。
ハイビジョン静止画で全編をスクロールしながら画面状況を解説する番組製作に関与したことがあった。
「六波羅行幸巻」の番組を制作した後、「信西巻」、そしてボストン美術館の「三条殿夜討巻」をHD映像で一堂に纏めたいと願っていたが叶わなかった想い出がある。
・・・
静嘉堂文庫美術館でも連動して、「信西巻」(重文)を展示中(「東洋絵画の精華 珠玉の日本絵画コレクション」5月20日まで)。

・・・
ボストン美術館の「三条殿夜討巻」は、数年前にボストン美術館で間近に拝見したことがある。
ボストン美術館コンサベーションの作業室にて。
炎の描写が迫力。
お誘いして一緒に拝見できた河合正朝慶應名誉教授とニューヨーク在住の村瀬実恵子さん(コロンビア大学名誉教授、メトロポリタン美術館東洋部特別顧問)と。
・・・・
「ボストン美術館 日本美術の至宝」展の最後の展示は、奇才 曽我蕭白の11作品。
酒を飲みながら一気呵成に描いたとしか思えない蕭白の数々の作品に圧倒される。
フェノロサ、そいてビゲローが、当時、蕭白の良さを見定めてコレクションをしたとは驚き。
今は五月こどもの節句。
我が家でも、蕭白さんを招来しました。
蕭白の「雲龍図」(展覧会のチラシを背景に利用して)。
そういえば、河合正朝先生は、この4月から千葉市美術館の館長。
千葉市美術館は、「蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち」(5月20日まで)を開催中。
訪ねて行かなくては。
「セザンヌ 、パリとプロヴァンス」展(国立新美術館 6月11日まで)。

(案内パンフ中面の部分)

ポール・セザンヌ(1839-1906)の「静物画」が好きだ。
セザンヌは器用な画家ではない。
パリと南仏のアトリエを20回以上も行ったり来たり。

決して巧みで手際の良い描き方をする人ではない。
試行しながら多くの「静物画」を描いている。
何時見ても、セザンヌの思考の跡に気づき、その度に新鮮。

「静物画」と「構図」。
動かぬ果物などの「死せる自然」の構図を考える。
今回の展覧会では展示されていないが、いろいろなセザンヌの静物画を見てみよう。
「おえかき教室」で使用した教材)

まず、3つの洋梨をいろいろと並べてみて、それぞれの位置関係のバランスを絵にする。
これは、三角と楕円。
そして、構図を強調する黒い輪郭線。

次に、セザンヌは動かぬ果物などの「死せる自然」と身の回りの「器物」などを組み合わせて、「静物画」を描いた。
初期は、パリのアパルトマンの壁の前で...。
まるで、シャルダンの静物画のようにも見える。
未だ、伝統的な絵画表現が残っているようにも感じる。
1877年ころの作品。
この作品は、今回出品されている。

メトロポリタン美術館には、この絵と白いナプキンが逆で山のようにも思える天地逆の構図に感じる次のような作品もある。
メトロポリタン美術館へ行ったとき、思わず撮影した。

・・
「構図」と「色彩」、そして「形」。
色が明るくなる。画面に色のリズムが溢れてくる。
それに応じて、形が単純化してくる。
これも壁紙が同じパリのアパルトマンで描かれた作品。
モダンだ。新しい方向が見える作品。
この絵は、「おえかき教室」で教材として提示し、こどもが選んだ作品の一つ。
そして、この作品へ。1899年頃の南仏で描かれた今回出品作品。
より画面の平面性を立体的に。
多くの異なる視点からの画像を、一つの画面に。
この作品はこどもたちには人気がなかったけど。
セザンヌは「平面上に表現する絵画の新しい概念・理念の絵画を作ろうとしていた」。
それは、色と形による純粋造形美を求める作業であった。
思考された作品の数々にインスパイアされ、大きな勇気を得た画家たちが生まれた。
その中の一人ピカソは、敬愛の心をこめて「父」と呼んだ。
・・・
今回の展覧会告知物のデザインはいいね。
そして展示、壁面の色もきれいで良かったけど、照明が気になった。
画面が光って作品が見難かったと感じたのは私だけ?だろうか。







レオナルド・ダ・ヴィンチのはこの4月15日で560歳の誕生日を迎えた。
「1452年4月15日土曜日、夜3時、私の孫、わが子セル・ピエロの子が生まれた。レオナルドと名付けた」( 池上英洋の「ダ・ヴィンチの遺言」)とお祖父さんのアントニオが書き残しているアーカイブがある。
ということで、「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想展」(Bunkamura ザ・ミュージアム 6月10日まで)をみてきた。
パルマ国立美術館の「ほつれ髪の女」が展示のメイン。その他は、レオナルドの弟子、及び追随の画家たち(レオナルデスキLEONARDESCHIと呼ばれている)による作品展示。
個人所蔵の作品などが展示されていて、面白い展示だった。
展覧会websiteより:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_davinci/index.html


「ほつれ髪の女」は、同じレオナルドの「岩窟の聖母」の聖母マリアの顔に類似している。
「岩窟の聖母」と呼ばれている作品は、現在、ルーヴル美術館とロンドンのナショナルギャラリーの作品の2点が残されている。
ルーヴルの作品は、最初のバージョン。
「岩窟の聖母」レオナルド・ダ・ヴィンチ(ルーヴル美術館)
画像Photo RMNより部分。参照:photo rmn (http://www.photo.rmn.fr/cf/htm/CSearchZ.aspx?o=&Total=500&FP=35599767&E=2K1KTSG7S9JQS&SID=2K1KTSG7S9JQS&New=T&Pic=4&SubE=2C6NU0CV6BR0)、もしくは次を参照:Louvre Museum(http://www.louvre.fr/en/oeuvre-notices/virgin-rocks
・・
その後に描かれたナショナルギャラリーの作品は、レオナルドと助手のデ・プレディス兄弟といわれている。
今回の展示では、普段は見ることができない個人所蔵の「岩窟の聖母」が展示されていた。
「岩窟の聖母」は、聖母マリアが幼子イエスではなく洗礼者ヨハネの肩を優しく抱いているのは、どうして?と不思議に思う。
3作品ともに、中央に聖母マリア、画面左手に聖母マリアに肩を抱かれる洗礼者ヨハネ、そして画面右手に幼子イエスと天使ウリエルが同じ配置で描かれている。

ところが、ルーヴルの作品には聖人を示す頭上の光輪はないが、ロンドンの作品には、天使以外には全て光輪がある。
その他で大きな違いは、ロンドン作品の人物描写が硬いというのと、洗礼者ヨハネの十字架が加えられていること、天使ウリエルの右手の指差しが隠されていること。
これは、ルーヴルにある作品を注文者が受取を拒否し、ロンドンの作品が描き直されたものといわれている。
で、今展覧会の個人蔵「岩窟の聖母」は、基本的にはルーヴルにある作品と同じ構図(天使ウリエルが右手で洗礼者ヨハネを指差している)、聖母マリアの頭上のみに光輪が加えられている。明らかに、ルーヴルの作品を模写したものと思われる。
当時は、工房内で作品を模写することは技術の習得のためにも行なわれていたのだろう。
・・・
2011年11月から今年2月にかけて、 ロンドンのナショナルギャラリーで、 修復後のロンドンの「岩窟の聖母」はルーヴルの作品と共に初めて揃って、「Leonardo da Vinci: Painter at the Court of Milan(9 November 2011 – 5 February 2012)」という展覧会が開催されていた。
この展覧会を記録した映画「LEONARDO LIVE(「レオナルド・ダ・ヴィンチ展 in シアター」)」が4月21日より公開されている。
こんどは、この映画を見てみようか。

ルーヴル美術館では、「聖アンナと聖母子」を中心の展覧会「Exhibition Saint Anne, Leonardo da Vinci’s ultimate masterpiece(from March 29, 2012 to June 25, 2012)」が6月25日まで行われている。
レオナルドは忙しい!!


上野の国立西洋美術館は「ユベール・ロベールー時間の庭ー」展(5月20日まで)を開催中。
西美の企画展は自館が所蔵している作品を掘り下げる企画が多く好ましい。
2005年の「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール: 光と闇の世界」、2008年の「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」、昨年の「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」など記憶に新しい。
今回のユベール・ロベール(Huber Robert 1733-1808)の「廃墟作品」は常設展で良く眺めていた作品。
(モンテ・カヴァッロの巨像と聖堂の見える空想のローマ景観/マルクス・アウレリウス騎馬像、トラヤヌス記念柱、神殿の見える空想のローマ景観)
21歳のときローマへある伯爵に随行して赴任、11年間を過ごした。その期間にローマ文明の遺跡、そしてヴィラの庭園を観察しスケッチをしてきている。
右下のスケッチは五賢帝の一人マルクス・アウレリウス・アントニヌスの騎馬像。
ローマの記憶をもとに働く人物を小さく配して記憶の遺跡を自在に組み合わせて「廃墟の空想風景」を描き「廃墟のロベール」といわれた。
廃墟は滅び行くものではない、永遠の時間を願っているのだろう。
ルイ14世がヴェルサイユ宮殿へ移ってから、ルーヴル宮は廃墟のようになってきたという。
ロベールは、「国王の庭園デザイナー」という称号もあった。
ルイ16世のヴェルサイユ宮殿再整備計画で庭園の指揮を執っている。
「庭園はアルカディア」。
そして、
ルーヴル宮の永遠のアルカディア化が計画されることになった。

1774年にルーヴル宮の美術館開設準備が始まった。
彼は、アカデミーの会員であり、ルーヴル宮に住居とアトリエを構える勅許状を与えられており、その「ルーヴル美術館」開館に関与することになる。
1784年にルーヴル宮内に開設する美術館の内装整備のため絵画などの美術作品の「美術館管理官」の一人に任命されている。
1793年8月10日にルーヴル宮は、ルーヴル美術館として正式に開館している。
ルーヴル宮のセーヌ側にある「la Glande Galerie」を展示室にすると計画され、天井に窓を開け自然採光を決定された(写真は、RMN PHOTOに詳細あり。今回の展示作品ではありません。)。
この絵を描いたのも、本展覧会のユベール・ロベールであった。
右の天井採光案の右側の人物はロベール自身だと言われている。
・・
現在のルーヴル美術館では、「la Glande Galerie」(下の図の赤い部分)は、セーヌ側(下の図の下方向がセーヌ)DENON翼2階(1er Etage)、多くのイタリア絵画の名作品を展示している。

ロベールがルーヴル宮に住んでいて、ルーヴル美術館開設に関与していたということは知らなかった。
展覧会で思わぬことを知るのは展覧会の楽しみ。
春休みの作品「ガラス絵」を額装しました。
「ガラス絵」は小さい作品が魅力的です。
こどもたちの作品は、15cm×15cm。
額の仕上がりは、25cm×25cmです。


こどもたちは喜ぶね。
明日から新学年に進級です。
春休み最後の今日、女子チームは「ガラス絵」を体験しました。

私が好きな画家小出楢重(1887~1931)は、「ガラス絵」のガラス越の艶やかな色合いを好んで多くの「ガラス絵」の小作品を描いています。
「ガラス絵」は、ガラス面に描いた絵を反対側から見るため、絵の表面が平滑で光が乱反射しないため、いつでも艶のある発色が保たれているわけです。
小出楢重は、そのぬるっとした鮮やかな色合いを好んでいました。
また、「ガラス絵』制作は普通の描き方と違って、不思議な体験をします。
ガラス面の反対側から見るため、例えば婦人の顔を絵を描くとすると、普段と違って描く順番が逆になる。顔の肌色があってピンクのほほ、目、鼻を描くのではなく、目、鼻を、そしてほほのピンクを先に描いてから顔の肌色を塗るというように常に普段描く時の仕上がりまでの行程の逆を考えて描いて行くことになります。

・「ガラス絵」制作の手順です。
①.ガラス絵の原画を描きます。
②.薄紙に原画を写し、色塗りの仕上がりが自分で確認できるように色鉛筆で彩色します。
③.彩色した②の紙を裏返しにして、ガラス面(今回は薄い透明プラスティックの板)をその上において、黒インキで原画をもとに線画をします。
④.黒インキが乾いたら、不透明のアクリル絵の具で描いて行きます。不透明のアクリル絵具の塗り方は、先に説明しましたように、目、鼻を、そしてほほのピンクを先に描いてから顔の肌色を塗るというように、普段と違って描く順番が逆になります。
⑤.塗り終わった絵を反対側から見ます。
⑥.下の絵の椿には、 色紙を下に敷いて見ました。また違った印象になります。

・こどもたちの制作の様子を見てみましょう。
それぞれ自分が好きな絵を描きます。
黒インキをつかってペンで描く、初めての体験です。慎重に原画を写しました。
また初めてのアクリル絵具で最初にガラス側で一番上になる色を丁寧に塗ります。

塗り終わりました。白いところを少し塗り残していたので、もう一度塗り加えました。
塗り終わった作品に選んだ色紙を敷いて出来上がりです。
春休みに行ったモルディブの想い出です。
胡蝶蘭を写生しました。
大好きなリンゴです。
これらの作品を額装してお渡しします。
額装は慶子先生が制作します。
こもたちは、いつ出来るかと楽しみにしています。
ちょっと工芸的な作品を作るという体験でした。
小出楢重も小さなフレームに職人的な技を感じ楽しんで描いていたのでしょう。
こどもたちも楽しんで制作しました。
終わってから、お弁当を食べました。

2012.4.5. 9:30-12:00




第9回の「お出かけ鑑賞教室」は、男子チームで、東京国立博物館常設展です。

東博の本館は、「日本ギャラリー」、特に2階は時代を追って日本美術が展示されています。まず、2階に上がったところで手順を説明します。こどもたちは何故か落ち着きません。
今回も、自分が気に入った作品を見つけて、そのスケッチをします。
さあ、館内を巡りましょう。最初はお母さんと一緒でも、独自に好きな作品を探します。
女の子も参加しました。「小野小町」に関心があります。歌が百人一首と違うと言っていました。
自分が好きな作品をスケッチし、その作品の好きなところとその理由を書きました。
どの作品をどうして気に入ったかを見てみましょう。
「『金銅獅子文据箱』鎌倉時代:かまくら時代なのにライオンがいたのにはびっくりしたのと、下の雲がかっこよかった。ライオンは金銅でできているからいさましかった。こまかいからすごいなあと思った。」
「船田一琴『瓢形酒入』江戸時代:酒入の形がきれい。ひょうたんの形が面白い。この酒入に入れて飲んだらおいしそう。」(4月に転勤するおとうさんのことを思ったようです。)
「国宝『金銀鍍宝相華唐草透華籠』平安時代:金と銀がきれいだから」(金と銀の細かな細工と模様が気に入ったようで、もう一点の作品も、紺地金銀泥による『大唐西域記 巻第四』にも関心を持ちました。)
「狩野長信『花下遊楽図屏風』江戸時代:まん中がなくなっていてざんねんだったけど、お花見の楽しさがよくわかります。きもののデザインがしましまだったり、花がらだったりしてすてきでした。」
「『興福寺鎮壇具』奈良時代:「『ガラス玉』のあざやかな色がよかったし、きれいでさわりたかったです。もらえたら、『おはじき』あそびみたいにあそびたいです。」
最後に、「日本のもようでデザインしよう!」コーナーで遊びました。


食事をしながら、自分の感想をもとに皆と話をします。食事の後は、庭園解放の庭園へ。
桜は未だ咲いてはいませんが、蕾がほころんでいます。
・・
2012.3.27. 9:30-13:30
ルーヴル美術館の2012年4月から8月までの予定表が発表された。

電子版urlは、http://mini-site.louvre.fr/trimestriel/2012/2/#/0
「『聖アンナ』ダ・ヴィンチ最後の傑作」(3月29日より6月25日まで)。C2RMF(フランス修復研究センター)の修復調査を基に展示、「聖アンナと聖母子」は相当痛んでいたからね。
「The Belles Heures of Jean de France, Duc de Berry (ベリー公の美わしき時祷書)」が展示される。このメトロポリタン美術館の47葉は、フランスのコンデ美術館所蔵の「ベリー公のいとも豪華な時祷書」と同じランブール兄弟が制作している。展示後は、メトロポリタン美術館のクロイスター分館で再製本されるという。(4月5日より6月25日まで)
現代作家ゲルハルト・リヒターの展覧会も予定されている。(6月7日より9月17日まで)ちょっとみたいね!
Louvre-DNP Museum Labの共同開発システムの展示も紹介されている。
アクティビティ、教育プログラムなどの紹介頁。いろいろあり。


それはさておき、ルーヴルのアクティビティに関連して:
先日、「ピナ・バウシュ 夢の教室」という10代の男女にピナの踊りを教えるドキュメンタリー映画をみた。この映画は、踊りによって成長して行く過程をみせていた。
その時、ルーヴルで行なった「クラス・ルーヴル」というドキュメンタリー映画を思いおこした。
やんちゃな高校生がルーヴルで作品に向き合ってその作品を父兄の前で説明するまでを記録した感銘の映画であった。もう一度この映画をみたいと感じた。どこかでみることができないかな。

このurlに他の映像もある。→http://www.youtube.com/user/louvre/videos?query=classe+louvre
国立西洋美術館の常設展にやってきました。
先ず、ロダンの彫刻室へ入って、2階へ登ります。
二人で作戦会議。そして、親子で...
会場を一通り見ます。
ポール・シニャックの「サン=トロペの港」がありました。
おえかき教室で『モザイク画』を経験しているので、「モザイクみたいだね」とこどもたち。
シニャックの絵が好きというこどももいました。
自分の好きな絵の前で絵を観察します。
好きな絵をよくみて、スケッチをします。
会場に入る前に説明した資料(参照:その1)にスケッチします。
皆、スケッチをしています。

お母さんもスケッチします。


椅子があるところでまとめています。
皆さんのスケッチとその作品が好きな理由です。
一人で複数枚のスケッチをしました。
例えば、
「モネはどうしてこの絵を写生したんだろうと思いました。わたしの想像は...」
別の絵では、「夕やけのピンクときいろがまざったかんじがきれいな色で気に入りました」
また、「ポール・シニャックさんはなぜ、こんな□(四角)だけで描いたんだろうと思いました」
「雲と木とぼうがつながっているみたいで、きいろとみどりのまざいり方と、それに大空と湖の色がよかった」等など。
見終わった後で「アフターミーティング」をしました。
皆のスケッチとその作品が好きな理由を発表します。
「スケッチをするとこんなものが描かれていたと気づく」
「スケッチした作品は忘れないと思う」などの意見がありました。
その後、皆で「すいれん」で食事をして、「お出かけ美術鑑賞教育」はおしまい。
おつかれさまでした。

2012.3.11. 9:30-13:00
第8回目の「お出かけ鑑賞教室」は、国立西洋美術館へお出かけしてきました。
常設展を見て、「国立西洋美術館で、自分が好きな気に入った作品を探す。」が今回のテーマです。
大人6名、こども4名、計10名です。
ラッキー、今日の常設展は無料でした。3.11だから? 何故だろう。
美術館に入って、「お出かけ鑑賞教室」の教材で、簡単に事前説明。
今回は、好きな作品の「スケッチ(略図を描きます)」。

美術館での作品の見方:
1.美術館の中では走らない、そして、ふざけない。
  (作品は人類の宝だから大切に)
2.作品を見て、気になった作品があったら、ゆっくりとその作品をみる。
3.気になった作品を2、3点きおくしておく。
4.作品を見るときは、全体を見て何がえがかれているか考えてみる。
5.そして、その作品の全体を見たら、今度は、絵の中で気になるところを見てみる。
6.作品の全体とその絵の気になるところを見ていると、どうしてその作品が好きになったかがわかってきます。
7.自分が一番好きな作品を決める。
8.その作品をスケッチ記録します。
9.その作品を選んだ理由を、スケッチの横に文章で書きます。

スケッチを描く(「スケッチ・スキル」)ことにしたのは、池上英洋「西洋美術史入門」(ちくまプリマー新書)を参考に取り入れました。

皆さんへ説明を終えて、さあ、展示場へ入りましょう。

2012.3.11. 9:30-13:00
(続きは、次回。)

追補:「国立西洋美術館は、毎月第2・4土曜日および文化の日を無料観覧日としています(だだし、常設展示のみ)。その他、特別に常設展をむりょうにすることがあります。」ということです。3.11は特別でした。
「BABY SCREAM」(赤ちゃんの叫び)?
The Munch Museum(Munch-Museet)では、ガイドツアーを行なっているが、第一水曜日午後1時から、赤ちゃんを連れたご両親を対象にしたガイドツアーがある。


The Munch Museum offers guided tours in Norwegian for parents with a baby every first Wednesday of the month at 1 pm. Museum Educator Hilde Ødegaard explains Munch's paintings in the current exhibition.

赤ちゃんの泣き声は叫びのようにかん高い。
「美術館では静かにする」では、赤ちゃんを連れた人は美術館へ行けない。
だったら、特別のイベントを企画しましょうということのようだ。
SCREAMは「叫び」。
そうです。ムンク美術館の名品は、ムンクの「叫び」と「マドンナ」です。

この美術館の教育普及の企画はユニーク。
こどもたち向けの誕生会という企画もある。
(写真は、http://www.munch.museum.no/content.aspx?id=26より転載)


料理なども含めて各種メニューがある。
美術館で誕生日を祝ってもらうって、こどもにはきっと良い想いでなるね。
「BABY SCREAM」も親とこどもが美術館へ一緒に行くという習慣が身につく切っ掛けになれば、こども、そしてお母さんとお父さんにとっても美術が身直に感じられるようになるね。

因に、乳母車、ベビーカーの持ち込みは展示場では許可されていない。但し、館が来館と同時に双子用のベビカーを含め貸し出すという。

ノルウェーの国民的な画家エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch, 1863年生まれ)は1944年1月に亡くなった。
残された作品はノルウェーのオスロー市へ寄贈された。
それをもとに1963年に開館。
ムンクの絵画1,100枚、4,400枚のドローイング、18,000枚の版画を収蔵している。
1994年には、出光興産が美術館拡張計画に資金援助を行なっている。
東京の出光美術館では、ムンクの作品を毎年3点ずつ紹介する展示室を設けている。
男子チームの「モザイク画」3回目は、2月19日(日)でした。この日は時間が足りなく、4回目の3月4日(日)で完成しました。
その様子を合わせて報告します。

原画をもとに「色」を選び、紙を切り、糊で貼る。

色を選ぶのはどうしても時間がかかります。色の組み合わせ、少し離れて見た時の見え方などを考えて、色を選ぶからです。
実際のモザイクを見てみましょう。離れて見ると美しい表現になっていますね。
色について敏感になってきます。
単調ですが、創造的な時間が続きます。


3月4日の4回目です。

だんだんと完成に近づいてきました。
原画と並べたり、離れて見て確認したりして、出来上がりを確認します。一人が少し早めに完成し、ほぼみなさんが同じ頃に完成しました。
出来上がった後は、楽しいお茶の時間です。
自分の作品についておのおのがコメントをします。
色を選ぶ時の様子とか、糊の貼り方に工夫をしたとか、楽しかったこと、うまくいったことなどについて発表です。
お母さん方は、野球、サッカーをそれぞれ倶楽部でやっているこどもたちが、細かい作業に集中していたことで、こどもに新しい発見があったようです。
では、出来上がったみなさんの作品を、原画と並べてみましょう。




二つの窓が開いたマットに作品を入れてお渡しします。
家で額に入れて楽しんでください。

第1回 2012.2.05.15:00-18:00
第2回 2012.2.12.15:00-17:30

第3回 2012.2.19.15:40-18:00
第4回 2012.3.04.15:00-17:30
「果物」といっても「お皿の上の果物」です。
お絵かきの前に、独自に編集した教材で、いろいろな「果物」を描いた作品を見ます。
17世紀初め頃の「食材を販売する店先」の絵だったり、野菜や果物を売っているお店です。果物が籠に一杯です。「静物画」が始まった頃の絵です。

速水御舟の果物を描いた「静物画」も見ました。
こどもたちは、クレパスで、お母さんは水彩で描きました。
最初は、一つの果物をお皿に一つ。


二回目は、お皿に複数種の果物をのせて描きました。
一つのものを描く時ともう一つ何かものが増えた場合、その二つを描くのでは、状況は随分変わってきます。
こどもたちには、二つのものの位置関係を把握して描くという難しさです。

昨日、この報告書をお母さんとこどもに渡しました。
こどもの感想が良かったですよ。
「描いたメロン、美味しそうだった。食べたかった。」
いいね。
・・
報告書仕様:サイズはA5版、 表紙とも20頁。
及び、電子メディアiPadで閲覧可能。
配布対象は「こども美術鑑賞教育」参加家庭。

開館30周年記念「国宝 紅白梅図屏風  所蔵名品展[絵画・書跡]」MOA美術館 3月2日まで)
書家の小林規子さんが、熱海の別荘からご帰京後、電話があり、「MOAに、久し振りに行ったら、紅白梅図だけでなく、梁楷(りょうかい南宋の画家)なども出品されていて、名品ばかり」と興奮のお薦め電話があり、行かねばと思っていた。

私も途中下車をして、久し振りのMOA美術館へ。
案内チラシにも「所蔵名品展[絵画・書跡]は、開館30周年企画の華を飾るに相応しく、当館コレクションの中でも一際優れた作品を厳選し、一堂に展示します。本展は、かってない規模の所蔵名品展と言えるでしょう。(中略)伝統に培われた東洋美術の精華を、この機会に是非ご堪能ください。」とある。

国宝 手鏡「翰墨城」(てかがみ かんぼくじょう)白氏文集切・春遊(藤原行成)平安時代:
奈良時代から南北朝・室町時代の各時代にわたる古筆切311葉のコレクション)。
古筆三大手鏡の一つ。(他は京都国立博物館蔵の「藻塩草」出光美術館の「見努世友(みぬよのとも)」
・18日追記:この二つの国宝古筆手鏡「藻塩草」「見努世友」は、2月25日から3月25日まで、出光美術館で展示されるという案内が本日配送されてきた。

国宝 色絵藤花文茶壺(野々村仁清)江戸時代17世紀:
野々村仁清の茶壺は、他に、重文「色絵梅月図茶壺」(東京国立博物館)、重文「色絵芥子文茶壺」(出光美術館)、重文「色絵吉野山図茶壺」(福岡市美術館)、重文「色絵吉野山図茶壺」(静嘉堂文庫美術館)、重文「色絵山寺図茶壺」(根津美術館)がある。

国宝 紅白梅図屏風(尾形光琳)江戸時代18世紀:


重文 平兼盛像(たいらのかねもりぞう) 佐竹本三十六歌仙切 鎌倉時代 13世紀:
他の佐竹本三十六歌仙切の詳細

重文 無準師範墨跡(ぶしゅんしばんぼくせき)「帰雲」二大字(きうん にだいじ) 中国南宋時代13世紀

まだまだ、続く...
海北友松の「楼閣山水図屏風」。俵屋宗達の「軍鶏図」。本阿弥光悦、俵屋宗達下絵の「鹿下絵新古今集和歌巻断簡」
南宋の絵では、伝銭選の「花籠図」、伝馬遠の「山水図」、梁楷の「寒山拾得図」「鷺図」などなど。
学生時代から見てきた昔から伝わる名品を改めて見る。
贅沢な時間であった。
見終わって、外を見ると。
「瀟湘八景図」は中国の画人が好み、日本にも伝わってきている画題。
中国で伝統的に画題になってきた8つの名所。湖南省の洞庭湖の景色。
テーマは海ではないが、夕方の霞んだ空気の風景は「瀟湘八景」のうちの「遠浦帰帆」を見るようであった。

名古屋での「ベン・シャーン展」「静物画展」、そして途中下車をしての「名品展」と絵を見ながら考える、楽しく充実した一日。

『ベン・シャーン展」を見た後、名古屋金山の名古屋ボストン美術館へ行った。
りんごの想い。レモンのこころ。「恋する静物  静物画の世界」(名古屋ボストン美術館 2月19日まで)
あれっ。恋する静物?と思いながら会場へ。
「teshihouseおえかき教室」でも「静物画」は大切なテーマです。
この展覧会は、ボストン美術館所蔵作品から、「静物画」作品を美術史的に平易に展示したとてもいい展覧会だ。

「静物画」は、「風景画」「人物画」と異なり、「still life」、フランス語では「nature morte(死せる自然)」といわれるように、果実や切り花、食用の動植物など自らが動くことのない命なき自然を選び、それを構成して美をつくり、絵画空間を形成してきた。
特に印象派以降は、色と形と構図を重要なテーマとして多くの作品を描き、セザンヌがその代表。
( ↑Paul Cézanne, French, 1839–1906,Fruit and a Jug on a Table,about 1890–94,Dimensions32.4 x 40.6 cm)

同じ頃、アメリカでも「静物画」が家庭を飾る為に制作された。
リーヴァイ・ウェルズ・プレンティスの「ブリキ製バケツの中のリンゴ」。
写実的な描写が主流であったようだ。
(↑ Levi Wells Prentice, American, 1851–1935,Apples in a Tin Pail,1892,Dimensions41.27 x 33.65 cm)

この展覧会では、絵画のみならず、高級な生活用品としてのティファニーの陶磁器、工芸品に表れた植物なども「静物画」として扱う。
そして、今日の「静物画」としてテイラー・ウッドの有名な映像作品(3分44秒)を提示する。

(↑Sam Taylor-Wood, British, born in 1967, Still Life,2001,Dimensions16:9 aspect ratio,Medium or Technique 35mm film transfered to video (color, silent) Duration: 3 minutes 44 seconds)
盛られた果物が朽ち果てていく、右側の手前にあるボールペンは何も変わらない。
この作品、何処かのビエンナーレで見たけど思い出せない。

時代とともに変わる「静止画」を楽しく見せた展覧会。
いい展覧会だった。
名古屋だけで終わってしまうのはもったいない。
この展示が他の美術館へ巡回されればこどもたちにはよいのに。
・・
この展覧会を見た後、熱海に行った。それは次回。
神奈川県近代美術館葉山で開催していた「ベン・シャーン展」を見損なったので、巡回展覧が始まった名古屋市美術館へ出かけた。
「ベン・シャーン クロスメディア・アーティストー写真,絵画,グラフィック・アートー」(名古屋市美術館、3月25日まで)
ベン・シャーン(Ben Shahn ユダヤ系リトアニアのアメリカへの移民1898-1969)には、高校生の頃から強い関心を持っていたのでどうしても見たかった。
1929年10月の株暴落から始まった経済大恐慌下、社会と正義を見つめたアーティストとしてか、あるいは何故か憂いをがあるその線の表現に魅せられていた。
ベン・シャーンと同じく20世紀前半を代表する画家として日本出身の国吉康雄の当時独自な時代背景からくる憂愁、孤独感などの表現が好きだったのも、若者特有の感受性からであったのかもしれない。
ベン・シャーン(↑自画像)著の『ある絵の伝記(The Shape of Content)』(佐藤明訳 1960年 美術出版社発行)を読んだもんだ。この本の内容は、ベン・シャーンがハーバード大学へ招かれて、教養としての美術と美術家との関係、コミュニケーションとしての美術などを講義した。そこには思考し表現するアーティストの姿があった。
今回の展覧会では、その思考を表現する時に「写真」が大きな役割を果たしていたことを示している。
ベン・シャーンはウォーカー・エヴァンス(Walker Evans)などと一緒に国の機関からの依頼で写真を撮っていた。
それらの写真は、ハーバード大学美術館に所蔵されている。
その写真をもとに画面を構成し、写真を超える伝える力が強い絵画表現を成し遂げていた。

写真は写真であった。
写真よりは、ベン・シャーンの描写する線が、再構築された画面の中で精神性が高く強い表現となった。
時代は、大判グラフ誌とテレビアンテナが多く目立って来た時代。
「思想の伝達(コミュニケーション)が視覚的な媒体によっておこなわれた時代はかってなかった」とベン・シャーんは認識していた。
より視覚的な表現に富む絵画を彼は目指していた。
写真が美術を新しい表現へと導き、絵画的表現の手助けをしてきたといえる。
美術の方向は違っているが、写真をもとに新たな絵画的な表現を追求する現代の巨匠ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)の表現の強さをも思い起させた。
写真と絵画の関係、これは面白そうだ。

名古屋市美「ベン・シャーン展」を見た後、ついでに名古屋ボストンの「静物画展」、そしてそして熱海MOAで「紅白梅図屏風」をみてきました。
名古屋ボストン美術館の「静止画展」については、次回に、MOA美術館については次次回にご紹介します。
使う道具です。
えんぴつ(HBとB3)、消しゴム、トレーシングペーパー、定規(補助的に三角定規も)、メンディングテープ、さまざまな色紙(竹尾洋紙店でカラーペパーを購入)、ハサミ、ボンドのり。

手順です。
1.前回に制作した作品をモザイク画の原画とします。
2.その原画の上にトレーシングペパーをおき、固定して、原画の絵柄を色分けを意識しながらえんぴつの線画で写します。
3.原画を写し取ったトレーシングペーパーを裏返しにして、絵柄を写した線の裏に当たる部分にB3のえんぴつで黒く塗っていきます。
4.裏返しにしたトレーシングペーパーをモザイク画を制作する台紙へ仮止めし、写した線をもう一度なぞって台紙へ写し取ります。
5.写し取った台紙の絵柄の部分に天地左右1cm方眼の線を引きます。
6.さまざまな色紙を並べて、原画を見ながらどの色をどこへ貼ったらよいか考えます。
7.色を選ぶ、そして貼る。四角形ばかりではありません、曲線のところは、色紙をハサミで切り貼ります。

絵具を混ぜないで描く点描派(例えば、ジョルジュ・スーラ(Georges Seurat 1859-1891)。彼の大作は『グランド・ジャット島の日曜日の午後』 (シカゴ美術館蔵)です。)のような制作でもあります。
(↑画像:http://www.artic.edu/aic/collections/artwork/27992?search_id=2)

皆さん集中して制作を進めます。

もう2時間以上経ってしまいました。
今日はこの辺で...
終わってからのコメントです。
方眼の罫線を引くのはちょっと大変だったようです。
制作は皆集中していました。
次回はこの続きでモザイク画を完成させます。
・・
2012.2.12.
15:00-17:30
男子チームも「モザイク画」に昨日から取り組みました。
昨日が1回目、3回で完成予定です。

第1回目は、いろいろな「モザイク」の作品(オリジナル教材)を見てみましょう。
このような美術があることを先ず知ることが大切です。
古代ローマの家の壁、床には生活に身近な動植物を、教会の後陣には聖人像を光り輝くように...
左はラヴェンナのサンヴィターレ教会、右はローマのサンタ・プラセーデ教会のモザイク。(お母さんはラヴェンナで見たということでした。)

1回目は、モザイク画の原画を描きます。女子チームと同じに「パパイヤとライム」にしました。
親子で並んで描きます。

背景の色は自分で色を選んで描くことにしました。
クレパスを絵の上に置いたりしながら考えます。
テスト塗りをして配色を決定し、完成。





こどもたちは完成した作品に、何も指示をした訳ではないのに、オリジナルの額を作りました。
こどもの創造は実に楽しいですね。嬉しいです。


終わってから、自分の作品についてコメントをします。背景の色がうまくできたと喜んでいました。
次回はこの絵を原画として、モザイク画を作っていきます。
・・
2012.2.5.
15:00-17:30
昨年12月にローマを訪ねました。
7泊、実行日数は6日。
ローマ市内を歩いて回り、終わって巡ったところを整理したら36カ所もありました。
良く歩いたと思います。
時間を経ると何を見てきたか、年齢もあり、忘れ混乱します。
ちゃんと記憶するためにも、纏めることにしました。

上は、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂(Santa Maria Maggiore)の「マリアの戴冠」(13世紀)とサンタ・プラッセーデ教会(Santa Prassede)9世紀の「天国の園」。中世は光り輝いている。
ノメンターナ街道にはサンタニェーゼ・フォーリ・レ・ムーラ教会(Santa'Angnese fouri le Mura)がある。後陣には7世紀の「栄光の聖アニェーゼ」、隣りのサンタ・コスタンツァ教会(Santa Costanza)は4世紀に建立、当時のモザイクが遺されている。
今回は、芸術新潮(2007年8月号 特集「ローマ」)が役立った。

体裁仕様:
A5版、表紙とも24頁。
2012.2.1.
teshihouse発行
前回(「おえかき教室の「描き初め」。親子で「魚」を描きました。」)は魚一匹(一尾)を選んで描きましたが、今回はお皿に盛った複数の魚を描きます。

一匹(一尾)の魚の形と色をとらえるのも大変でした。
鯛、メジナ、イサキ、ホウボウ(魴鮄)、エビ、サザエです。
お皿全体を描くも良し、お皿の上の部分を自分で選んで描くのも良しということで描きはじめました。
複数の魚となり、「大変だ」、「いやだー」とこどもたちは言っていました。
どの様に描くかちょっと心配でした。
全体をとらえました。
こちらは部分をとらえ、色をぬり始めました。
出来上がりを見てみましょう。
まず、4歳は...イサキを描いています。
イサキを描いたら海にいると海と岩と昆布を描き始めました。自分の世界です。
イサキとメジナです。
三原色だけで色を作って描きました。色を考えながら色出しをして描いていました。
全体を良く観察して描きました。ホウボウの色などの色調に特長があります。
大人の作品も見てみましょう。全体を描いた作品。

少しアップで描きました。鯛、メジナ、そしてサザエの描写が良いですね。
美味しそうですね。

「生の魚」を描くのは大変でした。
また、魚のコンディションを考えると寒いこの季節が良いですね。
今回は、お子さん一人が熱が出ているので欠席、お母さんは親族にご不幸があり欠席でした。
次回また、皆さんと一緒に描きましょうね。

2012.1.28.
9:00-11:30
今年はじめての「おえかき教室」。
そう、「描き初め」です。
魚を描きます。
人は「魚」はどのように描いてきたのでしょうか?

年末にローマへ行ってきました。
古代ローマの壁面にフレスコで描かれた魚です(マッシモ宮/ローマ国立博物館蔵)。カジキマグロや蛸と一緒に生き生きと泳いでいる姿で描かれていました。
江戸時代には安藤広重の版画に「魚づくし」というシリーズがあります。
魚を描いた絵を勉強して、さあ、初めて「魚を描く」に挑戦、新しい年の「描き初め」です。
いなだ(ぶり)、イトヨリ、チダイ(花鯛)、にしん、自分が描きたい魚を選んで、描きはじめます。
魚の形と色をよくみて描きましょう。
4歳児も果敢に描きます。
出来上がった作品を見てみましょう。

イトヨリです。美しい色の再現に留意しました。

鯛です。良く観察しています。
お母さんが描いた鯛です。
お母さんが描いたニシンです。ニシンのウロコ皮膜の部分など細部にいろいろな色を探しながら描きました。

あっという間の2時間でした。

2012.1.21.
9:00-11:30
ggg(ギンザグラフィックギャラリー)の第306回企画展は、DNPグラフィックデザイン・アーカイブ収蔵品展Ⅳ 没後10周年記念企画「田中一光ポスター1980-2002」展(2月25日まで)。

gggでは、2010年の同じく1月に「田中一光ポスター1953-1979」を開催。
没後10年の今年、その続編となる田中一光の名作ポスターが列んだ展覧会が始まった。
田中一光の全作品が収蔵されているDNPグラフィックデザイン・アーカイブから、この期間に制作されたポスター約920点のうち150点を選んで展示。
懐かしさを感じながらギャラリーへ入ると、印刷物としてのポスターが力を持っていた時代が懐かしいというより、やはり今でも田中一光によるグラフィックのポスターはみずみずしい新しさを感じるというのが正直な気持ち。
形と色の組み合わせ、まさにグラフィックデザイン。
日本文化、特に桃山文化を現代デザインに蘇らせた感性の活躍の場は、西欧の文化さえも自在に表現していった。
ポスターだけでなく、冊子体の編集デザインにも目を見張る実績がある。
また、田中一光は偉大なプロデューサーでもあった。gggのロゴマークは田中一光がデザインしている。
gggの開設は、1986年3月。田中一光は監修者として、展覧会の企画、運営にかかわってきた。
国内の才能あるデザイナーだけでなく海外デザイナーの展示、さらには、gggを起点として日本のグラフィックデザインを世界へと発信した。
これが、gggと田中一光の業績だった。
今日、グラフィックデザインが果たすべき役割は、メディアの多様化とともに新たな局面をむかえている。
グラフィックデザインは、印刷以外に、映像、WEB、建築、サイネージ、そして新たな電子書籍などで、人とメディアとのインターフェイスのデザインに多大な役割を果たさなければならない。
gggには、今後それらグラフィックデザインの広がる姿、そしてグローバルなデザインを展示する場としての役割を期待している。

「北京故宮博物院200選」(東京国立博物館、2月19日まで。「清明上河図巻」は1月24日まで)が、日中国交正常化40周年、東京国立博物館140周年の特別展として開催されている。

「今回の展覧会を一層特別なものとして位置づけていることといってよいであろう。それは、中国で国宝中の国宝として尊崇されている「清明上河図巻」が出品されることになったことである。」と本展覧会の20数年来の企画者の一人である西岡康宏(元東京国立博物館副館長)氏が図録で(一期一会ー特別展「北京故宮博物院200選」の開催にあたって)述べられている。
「清明上河図巻」は北宋末期(12世紀)の作品。謎の画家、張択端(ちょうたくたん/Zhang Zedun)の筆。縦23.8cm、横528cm、絹本墨画淡彩。
英文のタイトルが、Riverside Scene at Qingming Festivalとあるように、清明節の頃の北宋の都、開封(かいほう)に生きる庶民の姿を描いたといわれている。描かれた人物は、773人とか。
展示会場で、作品を見た印象は、小さいし、短い。コマコマした感じ。
東京国立博物館で見る「平治物語絵巻(六波羅行幸巻)」は、縦42.2cm、横は詞書の部分があるにしたところで952.9cm。
雪舟の「四季山水図巻(山水長巻)図」(山口毛利博物館蔵)は、縦39.7cmで長さは実に1592.0cm 。
これらに比べても、この作品は絵巻としては小さいと感じる。
絵巻の中央部には橋があり、橋に上の人物が、細い筆で生き生きと描かれている。
細部を見れば見るほど目が離れなくなる。
ゆっくり見たいが、来館者は多い。そうジックリと見るわけにはいかない。
細部をみれば、彩色。木々が緑で淡く色付けられている。美しい。
沢山登場する舟、建屋、橋の描写はことのほか精緻、この絵から当時の建造物を再現した人もいるという。
最近では、上海万博の中国国家館で、この絵を基にCGで「動く清明上河図」を大画面で上映し大好評であったと聞いている。

この映像は、出来るだけ多くの人に見せるためのもの。

中国の国宝中の国宝である「清明上河図巻」は、徽宗皇帝を慰める為に張択端が描き献上したという説もあるように、あくまで一人が没入しながら個人的な楽しみのために見る絵巻物、身直におき、度々見る絵巻物だという感じを持った。
その他、李迪(Li Di)、夏珪(Xia Gui)などの南宋の画家の作品も展示されている。
美しい!!


フェルメール展「フェルメールからのラブレター展」(Bunkamura ザ・ミュージアム、3月24日まで)
と「ゴヤ展」(国立西洋美術館、1月29日まで)を昨年末と新年にみてきた。


ヨハネス・フェルメール Johannes Vermeer(1632-1675)
フェルメール作品は少ない、36点ほど。今回はその内3点が展示。
手紙を書く、手紙を読むをテーマとした作品。
ザ・ミュージアムのwebから転載:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/11_loveletter/index.html
フェルメールの描いたブルーを「フェルメールブルー」と言っている。
今回展示のアムステルダム国立美術館所蔵の《手紙を読む青衣の女 "Girl Reading a Letter"》(1663-64年頃  油彩・キャンヴァス:上の真中の作品)は、画面を修復した作品で、色彩が蘇っている。
ブルーは、ウルトラマリンブルー。
ラピスラズリを原材料とするウルトラマリンブルーは高価な絵具。
フェルメールは、画家組合の理事なども務め、また、奥さんの実家は資産家でもあった。
高価な画材も自由に入手が出来たのだろう。
ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵の《手紙を書く女"A Lady Writing"》(1665年頃  油彩・キャンヴァス:上の右の作品)の黄色の服の襟の部分は、白い毛皮、王侯貴族が羽織ったガウンの裏によく使われている。例えば、フランスの「ルイ14世の肖像」。オコジョ(アーミン)の純白の冬毛。
この黄色の服は、フェルメールの他の作品にも登場する。ニューヨーク、フリック・コレクション所蔵の「婦人と召使」、ロンドン、ケンウッド・ハウス所蔵の「ギターを弾く女」、ベルリン、絵画館所蔵の「真珠の首飾りの女」。
この高価な衣装は、フェルメールの小道具だったのだろうか?
ベルリンの「真珠の首飾りの少女」は、今年の6月13日から国立西洋美術館で開催の「ベルリン国立美術館展」で公開される予定。
また、6月30日からは、東京都美術館のリニューアルオープンとして「マウリッツハイス美術館展」が開催される。そこにはブルーと黄色のターバン姿の「真珠の耳飾りの少女」が展示される(上のポスター2種)。
こんなにフェルメール作品の展覧会がある国は他にないだろうね。

フランシスコ・デ・ゴヤ Francisco de Goya(1746-1828)
2010年の6月に、プラド美術館へ行った。
プラドは、べラスケスとゴヤで満ち溢れている。
ゴヤのタペストリーの原画は、希望に満ちた市民の姿が明るくて好きだ。
宮廷画家としての作品は、その人物描写より筆のタッチが現代的で見てて楽しい。
版画シリーズは、作家の本質的な部分が表出している。版画という当時のメディアに自分の考えをまとめて発表したに違いない。どんな人々がそれを見たのだろうか?
プラド美術館は、品質の良い画像の作品をwebで公開している。
例えば、「着衣のマハ」は、http://www.museodelprado.es/imagen/alta_resolucion/P00741.jpg

ほら、「着衣のマハ」の部分をその画像で見ると、筆致が大胆で勢いがあるのがよく分かるでしょう。

マドリッドには、「La Calcografía Nacional」という国立機関がある。
そこには、「Gabinete Francisco de Goya」というコーナーがある。
ゴヤの版画原板が管理されている。「戦争の惨禍」等が展示されていた。
さまざまなカルコグラフィーを販売するところも併設されている。

2012
Happy New Year

あけましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願いします。
表には、松飾り風に。
紅白の折り紙の鶴が下がっています。
壁には、朝鮮の民画を飾りました。
書籍、巻物、筆などが描かれています。「よく本を読み、よく文、画をかきなさい」ということと理解しています。
今年の最終教室です。
日程調節で遅れていた「果物とお皿」を26日に行いました。
お皿に複数の果物を描きます。
皿と果物、果物と果物、皿の絵柄と対象物の関係性をどのようにとらえるか。描く対象は少し複雑です。
自分が描きたいお皿と果物を選びます。
お母さんと向かい合って描きました。子供たちはクレパスで、お母さんは水彩で描きました。
バナナのお皿には、緑の葉っぱ、ピンクの花などの絵柄があります。苦労して描き分けました。
お母さんのスケッチ。洋梨と小さな蜜柑。
そして、
メロンと柿と小さな蜜柑、光が当たっているところを表現しようと努力しました。
お皿の絵柄は同じくナポレオンアイビーです。
子供たちが先に完成しました。
背景の色の組み合わせは自分で色を選んで決めました。
だまし絵みたいだと言っていました。ピンク、白い花、葉っぱはお皿の柄です。
メロン、柿の色合いの表現にこだわりがあります。
お母さんの完成を道具を片付けながら待ちます。
お母さんの作品も完成です。
古九谷の皿に、洋梨と小さな蜜柑。洋梨の色合いと他のバランスが良いですね。
モダンな絵に仕上がりました。
親子で描くのは楽しいね。
終わって、自分の絵の良いところなどを話し合いました。
そして、皆の作品を見ながら、描いた果物を食べるのは楽しいね。
これで、今年のおえかき教室はおしまい。
では、良い年をお迎えください。
「アルプスの画家 セガンティーニ ー光と山ー」(損保ジャパン東郷青児美術館、12月27日まで)
ジョヴァンニ・セガンティーニ(1858-1899)といえば、日本では、大原美術館の作品「アルプスの真昼」(1892年)を思い浮かべる。
アルプスの澄んだ強い光の中で働く人を描いている。
大原美術館の作品と1891年に描かれた同名の作品(セガンティーニ美術館蔵)が今回のメイン作品。
画法は、ディヴィジョニスム(分割主義)といわれている。
パレット上で色を混ぜ合わせるのではなく、キャンバスに絵具を細く短い線状に盛り上げるように細かく描いていく。工芸的にすら感じる。色は三原色とその補色。混じ合うことにない明快な輪郭の色合が生まれてくる。
スーラらの点描派手法と異なるところは、点と線の違い。
セガンティーニは、7歳で母を亡くし、翌年には父が死亡している。
ミラノのアカデミア・ブレラで絵画を習得。貧困から抜け出て、アルプスで描くようになった。
標高1180mのサヴォニンで8年間(「アルプスの真昼」はこのサヴォニンで描かれた)、1817mのマロヤで象徴主義的な絵を描き、その後、2,731mのシャーフベルクで描き、41歳で急性腹膜炎で突然亡くなった。
だんだんと標高が高いところの大気を求めて、登っていく。

友人の末吉雄二氏(慶応義塾大名誉教授)が今年3月に、「セガンティーニ」(ベルト・シュトゥッツァー/ローランド・ヴェスペ監修)を翻訳し西村書展から出版した。

当時の上流階級の人々が集ったアルプスの高級なホテルに無くてなならなかったセガンティーニの絵。
セガンティーニは、
「当時最も高額な値段がついた風景画家であり、豪壮な生活を営み、世界中から顧客や訪問者を迎え、その作品は膨大な需要をもち、熱狂的な評価を獲得していた」(上記出版物より転載)。
出光美術館の日本の美・発見シリーズ。
今回は「長谷川等伯と狩野派」(12月18日まで)。
この展覧会は、すべて出光美術館所蔵作品による展覧会。
日経新聞の朝刊連載小説で、「等伯」(安部龍太郎、西のぼる画)の連載中。また、昨年2月東京国立博物館で「没後400年 長谷川等伯」展が開催され、代表作約80点が空前の規模で展示されたのは記憶に新しい。

長谷川等伯は、天文8年(1539)に、能登七尾で生まれた。
地方生まれの何の後ろ盾も無い一介の絵師が、日本を代表する作家になった。
彼の代表作、「楓図壁貼付」(智積院)と「松林図屏風」(東京国立博物館、双方とも「国宝」)は、日本美術の最高峰だろう。
「楓図壁貼付」は少年の頃、家にある日本美術全集で目にして、大胆な、豪華な表現に高揚したことを忘られない。
一方、「松林図屏風」は年を取ればとるほど、その気高い大気の虜になっていく。
桃山の華「楓図壁貼付」は、関白秀吉の命で、等伯が制作に着手したのは、その時代の画壇の頂点である狩野永徳(天文12/1543ー天正18/1590)が亡くなった翌年の天正19年(1591)。
等伯が一気に頂点へと登っていく。

今回の出光美術館の展示ポイントは、
「狩野派全盛」→狩野一族は絵師として、財源元となる「扇屋」の相続権を堅持しようとする。
「等伯の芸術」→等伯は、中国南宋から元の画家牧谿、玉澗などの絵から多くを学んでいる。
「両派の親近する表現」、「やまと絵への傾斜」→両派は対立し、相互に影響しながら活動。
長谷川派と狩野派の確執、権力闘争を眺めながら、様式の変成を見る展覧会。

展覧会案内チラシ下段にある長谷川等伯の「竹虎図屏風」(六曲一双、紙本墨画、出光美術館蔵)は、長らく室町時代の御用絵師である周文の作と思われていた。
それは、この屏風の左隻に記載された、狩野探幽(慶長2/1602ー延宝2/1674)の鑑定書「紙中極」に書かれた内容による。
「竹虎絵屏風一双周文/真筆両片破損之処/加予筆令修補者也/探幽斎書(竹虎の屏風は、周文の真筆である。両端の破損しているところを私が加筆し修理させた。探幽」
しかし、この絵の細部表現の様式分析により、現在では長谷川等伯晩年の作品であるというのが定説となっている。
では、この探幽の墨書は何故?
江戸幕府の御用絵師として狩野派の地位を再構築し不動のものにした探幽が、長谷川派を抹殺する為に仕組んだことではないかという。
凄まじき、狩野派の戦いであった。